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大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)30号 判決 1999年2月03日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

井上二郎

中島光孝

被告

高槻市消防長橋本輝男

右訴訟代理人弁護士

寺内則雄

俵正市

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告が、原告に対し、平成六年一二月二日付でなした懲戒免職処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、高槻市消防職員として勤務してきた原告が、被告から懲戒免職処分を受けたが、右処分には、事実誤認、法令解釈の誤り、比例原則違反等の違法があるとしてその取消しを求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、消防組織法一二条一項の消防職員として、昭和四七年四月一日、同法一四条の三により、高槻市に採用された地方公務員であり、平成六年四月一日から高槻市中消防署大冠分署に消防副士長として勤務していた者である。

2  原告は、被告から、平成六年一二月二日付けで、地方公務員法(以下「地公法」という。)二九条一項の規定により懲戒処分としての免職に処する旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けた。

右処分の理由は、右同日付別紙懲戒処分事由書<略>(以下「別紙事由書」という。)記載のとおりである。

3  原告は、本件処分を不服として、平成七年一月二〇日、高槻市公平委員会に対し、本件処分の取消しを求めて審査請求したが、同公平委員会は、平成一〇年三月三〇日付で本件処分を承認する旨の判定をした。

二  本件の争点

本件の争点は、本件処分が適法であったか否かである。

三  当事者の主張

1  原告

(一) 事実誤認及び法令解釈の誤り

(1) 別紙事由書によれば、本件処分の理由は、原告がダイヤルQ2事業を主体的に経営しており、これが地公法三八条(営利事業等の従事制限)及び三三条(信用失墜行為の禁止)の各違反であり同法二九条一項三号に該当するということにある。

しかるに、原告は、ダイヤルQ2事業に関与したことはある(なお、以下では、原告が関与していたダイヤルQ2事業を「本件営業」という。)ものの、その関与の態様は軽微な投資行為に過ぎない。

すなわち、原告は、妻及び知人三名と共同して、平成五年秋ころから、原告の妻が代表者となり、知人が実質上の経営者となって本件営業を開始したが、本件事業について原告が行ったことは、開業資金約一五〇〇万円のうち五〇〇万円を妻とともに出捐したほか、原告の勤務時間外にアルバイトの従業員の面接を行った程度であり、それ以上に積極的、主体的な行為はしていない。

したがって、原告が本件営業を主体的に経営していたという点で、本件処分は事実誤認がある。

(2) 地公法三八条が禁止する「自ら営利を目的とする私企業を営」むとは、当該地方公務員が主体となって当該営利企業に反復かつ継続的に従事することをいうものであり、原告の右の関与はこれに該当しない。

(3) 本件行為は、地公法三三条及び二九条一項三号に該当しない。

懲戒免職処分は、その機能において、ときには刑事罰以上に当該地方公務員の市民的自由や生活を脅かし、生存権にも著しい影響を及ぼす。

右各法条が規定する要件は極めて抽象的であり、厳格かつ限定的に解釈されるべきであって、地方公務員が、勤務時間外に、職務と無関係にした行為は、それ自体刑法犯を構成する場合、または、行政犯であっても自然犯と同視される程度に反社会的とされる犯罪を構成する場合のほかは、懲戒免職の対象とされるべきではない。

また、公務員の勤務関係は、その本質において民間の労使関係と異なるものではなく、地公法所定の懲戒事由を拡張的に解すべきではない。民間の労使間において、企業が従業員の企業外非行を理由に懲戒解雇をなし得るのは、企業の利益を害する程度が重大である場合に限定すべきであると解されており、「会社の体面を著しく汚した」場合に当たるとされるには、当該非行が当該企業の「社会的評価に及ぼす影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」のであり、さらにその評価に当たっては当該従業員の職務上の地位も考慮されている。

これを本件についてみると、原告の右の関与は、勤務時間外に、職務と無関係になされたことは明らかであって、原告は主体的、積極的な行動はしておらず、地位を利用したわけでもなく、消防業務に何らの影響や支障を与えていない。

また、原告は、本件営業への関与が問題になった際、原告は本件営業から直ちに手を引く旨言明し、そのとおり実行した。

さらに、原告は、職場で何らかの指導的な地位にあったわけではなく、一消防職員に過ぎなかった。

被告は、別紙事由書で、本件営業を、いわゆるテレフォンクラブであると定義し、「社会に容認されるものではなく、健全な国民から忌避され社会から排除されるべき」としているが、本件営業は、店舗により営業するいわゆるテレフォンクラブではない。男女が電話で会話すること自体は何ら社会から排除されるべきものではなく、そこで何かいかがわしい会話がなされるからだというのであれば、それこそ偏見というべきである。

以上によれば、原告の本件営業への関与が、消防職員の社会的評価に及ぼす影響が相当重大であると客観的に評価される場合に当たるとは考えられず、地公法三三条、二九条一項三号にも該当しない。

(二) 比例原則違反

仮に、原告の行為が、地公法三八条、三三条に各違反し、同法二九条一項三号に該当するとしても、原告を懲戒免職処分にしたのは、重きに失する。

懲戒処分は、行政処分に要求される比例原則、すなわち、当該処分の当該地方公務員に与える不利益が、その処分によって回復しようとする行政の利益を考慮しても必要最小限度のものでなければならないとの原則に即したものでなければならない。

原告には、これまで処分歴はなく、勤務成績も良好であったことに加え、右(一)(4)(ママ)に述べたとおりの事情があり、これらに照らすと、本件懲戒免職処分には裁量権を逸脱した違法がある。

(三) 公平原則違反

行政処分は、それに内在する公平の原則に則したものでなければならないが、本件処分には、公平原則に違反する違法がある。

本件処分当時、高槻消防職員には、非番の日にアルバイトないし副業に従事している例が多くあり、周知の事実となっていた。

(1) A職員の場合

消防職員として在職中二〇年以上前から造園業に従事しており、ときには造園に使うクレーン付車両で通勤した。

(2) B職員の場合

車両修理工場に修理工としてアルバイト

(3) C職員の場合

園芸店でアルバイト

(4) D職員の場合

家屋解体業のアルバイト

右の例は、いずれもその従事期間は原告より長いにもかかわらず、何らの処分もなされておらず、原告に対する本件処分と公平を欠く。

(四) 懲戒権の濫用

本件処分は、原告がかつて上司を批判していたことへの報復としてなされたもので、懲戒権の濫用である。すなわち

(1) 本件処分前、原告宅が火災となり、全損したが、その原因調査の際、出火部と推定されるエレクトーンは保管されることなく廃棄された。

原告が、これに対する不満を述べ、調査責任者に原因究明を申入れたところ、調査責任者はエレクトーンが出火原因との方向で調査を進めると応答した。その後、消防署からメーカーに対して右の旨連絡され、メーカーからは消防署に資料提供の依頼がなされた。

しかるに、出火原因について、未だ結論が出ていないのに、当時の高槻市消防本部警備課長永島栄三は、メーカーに対して、出火原因は子供の火遊びであると告げ、メーカーからその旨知らされた原告は、当時の中消防課長に永島の言動は地公法違反(守秘義務違反)であると厳重抗議を行った。

(2) 本件において、調査開始後、原告はその勤務場所であった大冠分署から中消防署へと配転になったが、中消防署長は永島であった。

中消防署では、原告には仕事は与えられず、苦痛に耐えかねた原告は、有給休暇を申し出たが、右申出も拒否された。

これに対し、原告は、ここでも、「この職場には人権がない。人権が認められていれば自殺者も出ていなかった筈である。」旨述べて永島を批判した(同職場で自殺者が出たことがあったが、原告は、その原因が永島のいじめであると考えていた)。

(3) 本件処分に当たっての事情聴取は、主として永島が担当した。

原告に対する処分は、従前の処分例からみて停職処分どまりで、免職処分にまでなることはないというのが職場における一般的な見方であったが、永島ひとり「原告だけは許さない。上司にたてつく者は組織にいらない。免職にする。」と息巻いていた。

以上の諸事情に照らし、本件処分は、原告が上司の言動を批判したことに対する報復としてなされたものというべきである。

2  被告

(一) 本件処分の適法性(事実誤認、法令適用の誤りについて)

本件処分の処分事由は、別紙事由書記載のとおりである。

地方公務員は、一私企業の従業員と異なり、その任用、給与、勤務時間は法律(地公法及びこれに基づいて定められた条例)に根拠を有し、また、地公法三〇条により、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、勤務の遂行に当たっては全力を挙げてこれに専念しなければならないとの服務専念義務が負わされる一方で強い身分保障(地公法二七条等)が認められており、その身分取扱については一私企業の従業員とは同列に論じ得ない。

地公法の規定する営利企業等の従事制限(同法三八条)及び信用失墜行為の禁止(同法三三条)は、勤務時間の内外を問わないというのが法の趣旨である。

原告は、平成五年春ころから本件営業の事業計画について検討を行い、開業に向けて主体的に関与し、その私企業を営んでいたものである。

本件営業の実態は、「ツーショットダイヤル方式」と呼ばれるもので、テレフォンクラブと呼称されるか否かは別として、犯罪の温床ともなり得る社会的に批判を受けているものであることは疑問の余地がない。

原告は、本件営業を営み、右営利企業等の従事制限に違反して服務専念義務を怠り、社会的に批判を受ける事業に関わったことによりその職の信用失墜という全体の奉仕者としてふさわしくない非行に及び、加えて、地公法三九条、消防組織法二六条の二による研修、教育訓練を通して培ってきた品位の保持を著しく傷つけ、高槻市消防職員服務規程(以下「服務規程」という。)六条(「職員は、常に言動をつつしみ、学職技能の収得と心身の鍛練に努め、容姿及び服装は端整かつ清潔を保つように心がけ、品位の向上に努めなければならない。」)に違反した。

本件処分には、事実誤認や法令適用の誤りはない。

(二) 比例原則違反について

原告の本件営業関与は主体的であり、その事業の実態はテレクラであって、更に、本人の反省も認められず、地方公務員に対する綱紀粛正が叫ばれている現時の状況や本件と類似事案が社会的に非難の対象になっていたことを考慮すれば、本件処分は比例原則に反するものではない。

(三) 公平原則違反について

原告の主張する兼業例は、いずれも原告の単なる憶測に過ぎず、かつ、原告の本件営業関与行為とは質的に異なり、本件処分が公平に反するものではない。

(四) 懲戒権の濫用について

原告主張事実のうち、原告宅が半焼したことがあること、原告から加藤に対し、火災原因確定前にメーカーに原因を話すのはおかしいとの申入れがなされたことがあること、原告が本件発覚後中消防署へ勤務場所変更となったこと(配転ではなく、職場感情を考慮した一時的な勤務場所の変更である)、その当時永島が同署長であったことは認めるが、その余の事実は否認し、または、知らない。

本件処分が、報復措置であるとの主張は、単なる推測であり根拠がない。

本件処分の権限は、被告にあり、永島には所属していない。懲戒免職という厳しい処分が一私人の私情で左右される訳はない。

原告宅の火災は、平成三年五月八日に発生したもので、本件処分が報復措置との主張は荒唐無稽というべきである。

第三当裁判所の判断

一  証拠(<証拠・人証略>)によれば、本件営業内容やこれに対する原告の関与態様等に関して、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成五年春ころから、高校時代からの友人である竹本隆一と金銭の効率的な運用を相談するうち、本件営業を行うことを思い立ち、原告の妻及び竹本の友人二名を入れて五名で企画や準備を進めた。同年八月末ころには、運営企画書もまとまり、事業の名称をメディアリンクスとすること、対外的な代表者を原告の妻とすること、主たる事務所を大阪市東淀川区<以下略>朝日プラザ新大阪二〇二号に置くこと等として、必要な設備機器(自動電話交換機や電話の接続状況等を管理するパソコン)の設置や日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)へのダイヤルQ2申請等は代行業者に依頼して行わせ、遅くとも同年一二月ころには本件営業を開業するに至った。

NTTとのダイヤルQ2利用の契約や代行業者との代行契約が、誰の名義をもってなされたかは不明であるが、事務所の賃貸借契約は原告名義でなされた。

また、開業費用やその後の運転資金等で約一五〇〇万円を要したが、そのうち約五〇〇万円は原告が妻と共同で出捐した。

2  本件営業の業務内容は、概ね、以下のとおりであった。

メディアリンクスでは、その開設するダイヤルQ2専用回線を利用してかけてきた不特定の客(主として男性)からの電話と、フリーダイヤル回線で電話してきた女性からの電話とを、事務所設置の右自動交換機で接続し、客に異性との会話の機会(これが原告らの商品に当たる情報に相当する。)を提供した。

客は、NTTに対して通話時間に応じた電話料金を支払うが、これには通常の通話料のほか、情報提供料に相当する料金が含まれており、NTTは、情報料回収代行手数料として、その九パーセントを収受し、残り九一パーセントをメディアリンクスへ支払うこととなっており、これが本件営業の売上となった。

他方、客の電話対応をした女性には、メディアリンクスの会員として登録され、ID番号を貰うことによって、電話対応した時間に応じた報酬が支払われることとなっていた。

本件営業は二四時間体制で営まれていた。

事務所には、会員として応募してくる女性の登録事務等を行うための女性従業員二名が雇用されて、昼間の時間帯において勤務していたほか、客からの電話に接続する女性会員からの電話がない場合に備え、その応対に当たるため、女性二名がアルバイトとして雇用され、主として夜間、事務所に待機していた。

女性会員や右アルバイト女性へ支払う報酬は、事務所に設置されたパソコンによって、その通話時間や報酬が管理、計算されていたが、このアルバイト女性らに対する報酬は平成六年七月及び八月において三〇万円ないし五六万四〇〇〇円という額であり、また、本件処分ころの女性会員数は、一〇〇〇名ないし一五〇〇名にも昇るというものであった。

3  右受付の女性二名は、原告と竹本とで相談して採用したが、アルバイト女性二名は原告が面接して採用した。

原告は、本件営業に関して、メディアリンクスゼネラルマネージャーと肩書を付けた名刺を所持し、女性会員名簿を保管していたほか、非番の日を利用するなどして月二回程度は事務所に赴き、パソコンのフロッピーディスクを交換するなどしていた。

4  平成六年一〇月二四日、アルバイト女性二名が原告の不在を電話で確認した上で、当時原告が勤務していた中消防署大冠分署を訪れ、対応に出た職員に対し、原告がテレフォンクラブを経営しており、賃金がそれぞれ約一一〇万円程度未払となっているので支払ってほしい、公務員がテレフォンクラブを経営してもよいのかなどと述べるとともに、原告作成の未払賃金支払約定等を記載した誓約書や原告の名刺を提示した。

これによって、原告の本件営業への関与が発覚することとなった。

原告は、翌二五日上司である中消防署警備第一課大冠分署長山本英文らから事情聴取を受け、翌二六日、アルバイト女性らと面会して未払賃金について分割返済の合意を取り付けた。

原告は、同月二八日、山本方で山本立会の上、同課長鼻義博から事情聴取を受け、さらに、同年一一月八日には中消防署長永島からも、追加の事情聴取を受けたが、これらの事情聴取に際して、原告は、投資金や従業員処遇の諸問題からただちには店舗閉鎖は困難であるなどと述べている。

その後、本件営業は、平成七年四月ころ自然消滅したが、そのころまで、事務所の賃貸借契約は継続されていた。

二  右認定事実に対し、原告は、本人尋問において、本件営業内容の詳細が分かったのは営業開始後のことであるなどと供述するが、原告が計画段階からの関与者であることからして、右供述は到底信用できない。

また、(証拠略)によると、公平委員会の第三回及び第五回公開口頭審理において、原告は、本件営業への関与が発覚して上司から事情聴取を受けた際、本件営業からは直ちに手をひく旨言明し、そのとおり実行したと供述していたことが認められるほか、本人尋問においても右と同旨の供述をしている。

しかしながら、(証拠略)(いずれも原告作成の顛末書)、(証拠略)(いずれも原告からの事情聴取の報告書)、(証拠略)(<人証略>の供述部分)及び(証拠略)(いずれも公平委員会における<人証略>の供述)の記載に照らすと、事情聴取に際して本件営業から直ちに手を引く旨言明したという原告の右供述は採用できないし、その後も原告は、事務所の賃貸借契約を解除したり、借主名義を変更するなどの措置を講じることなく放置しており、また、投下資本の回収(または負債の清算)をしたような形跡はなく、原告が事情聴取を受けた後、速やかに本件営業から撤退したとは認められない(むしろ、前記のとおり、アルバイト女性らに対する賃金が未払となっていたことや、原告が本人尋問において、本件営業で利益が出るには至っていなかったなどと供述しているところによれば、本件営業は、採算がとれないことから、その後閉店を余儀なくされて消滅したものと推認される)。

他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  右認定事実によって判断する。

1  原告の本件営業への関与態様について

原告が本件営業に関与していたことは争いのないところであり、本件ではその関与の態様が問われているところ、右認定事実によれば、もともと本件営業は、原告が効率的な金銭運用方法を相談する中から思いたったというのであって、営利欲求に導かれたものであったし、原告は当初からの計画立案者の一人である。

また、原告は、妻と共同とはいえ、開業費用等の約三分の一に相当する部分を負担しているほか、対外的には妻を代表者にし、原告自らが事務所の賃借名義人となり、従業員の面接、採用の全てに関わり、開業後も継続的に事務所に赴いては設置機器の管理等を行ったり、アルバイト女性らの未払賃金の支払交渉を行ったりし、会員女性の名簿も原告が保管していたというのであって、これらの原告の関与は、本件営業において極めて重要な部分を占めており、他方、NTTとの契約や必要機器の設置は代行業者に委任したというのであるから、そうすると、他の共同出資者においては、出資以外ほとんど何もしていないことになり、開業準備行為や開業後の営業に必要な行為のほとんどは原告が行っていたものであって、原告の関与なしには本件営業は成り立たないというべきである。

加えて、原告はゼネラルマネージャーという肩書きの名刺を所持しており、アルバイト女性らは原告が経営者であると認識していたのであって、対外的にも原告は実質上の経営者として振る舞っていたものとみられる。

以上を総合すると、原告が、本件営業の中心となって主体的かつ継続的に関与していたことは明らかであって、その関与態様は軽微なものであったとする原告の主張は到底採用できない。

2  本件営業の社会的評価について

本件営業形態は右認定のとおりであり、店舗を構えているものではないから、店舗を訪れた客に対し、店舗に設置した電話を利用して、異性との会話の機会を提供するというもの(いわゆるテレフォンクラブ)ではないが、客に対し電話を通じて、未知の異性との会話の機会を提供するという意味では、テレフォンクラブといわれるものとその実質において何ら相異はない。

このようなテレフォンクラブと称される営業においては、未知の女性との性的関係を期待して利用しようとする不特定の男性が客として念頭に置かれているのであり、それ故また、売春や犯罪の温床となり、判断力の未熟な未成年者が被害に陥りやすいなどとして社会的に強い非難を受けているところであって、地方自治体によっては、条例等で種々の規制等を行っているところがあることは、本件で提出された証拠を待つまでもなく、新聞報道等によって周知されている公知の事実である。

本件営業もまた、それをテレフォンクラブと呼称するか否かはともかくとして(店舗営業を行っているか否かによって社会的な評価が異なるものではない)、実質的にはこれと同内容の営業であることからすれば、同様の社会的非難にさらされるべきものであることもまた明らかというべきである。

原告は、本件営業は単に男女の会話の機会を提供するに過ぎず、社会的批判を受けるべきものではないなどと主張するが、本件営業の実質を殊更に隠蔽しようとするものであって、右主張は到底採用できない。

3  本件処分の処分理由について

原告は、高槻市消防職員として、その身分取扱に関しては地公法の規制を受け(消防組織法一四条の四第一項)、強い身分保障(地公法二七条等)が認められている反面、地域全体の奉仕者としての立場から、職務専念義務(同法三〇条)の一環として営利企業等の従事制限(同法三八条)や、信用失墜行為の禁止(同法三三条)等の義務を負わされており、服務に関して服務規程六条の適用を受けることはいうまでもないところであり、これらの規定は、地方公務員には勤務時間の内外を問わず、適用があるものと解される。

そして、右にみたとおり、原告は主体的に本件営業に関わっていたのであるから、この点で営利企業等の従事制限を規定した地公法三八条に該当する。

また、本件営業は、右のとおり、強い社会的非難を受けるものであり、全体の奉仕者たる立場にある公務員がかかる営業に関わることは、その職種を問わず到底許されないことであり、原告の本件営業への関与は、服務規程六条に違反し、かつ、信用失墜行為を禁止した地公法三三条にも該当する。

この点につき、原告は、地公法三三条違反を懲戒免職の処分理由とするときは、刑法犯または自然犯的犯罪に該当する行為がある場合に限定して解釈すべきであり、また、公務員の服務関係と民間の労使関係との類比から、職の社会的評価に及ぼす影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならないなどと主張するが、懲戒免職の処分理由とできる地公法三三条違反行為を刑法犯、自然犯等の犯罪行為に該当する場合に限定して解釈しなければならない理由はないし、仮に民間の労使関係との類比から原告が主張するように限定的に解し、かつ、原告が勤務時間外に職務と関係なく行っていたことや原告が管理職についていないことなどの原告にとって有利な事情を考慮したとしても、原告の本件営業への関与態様は、原告主張の右要件に該当して余りあるものというべきである。

以上によれば、原告の本件営業への関与行為が、地公法三八条、三三条、服務規程六条に各違反するとして、これに地公法二九条一項一号及び三号を適用して原告を懲戒免職にした被告の本件処分には、事実誤認や法令適用の誤りはない。

二(ママ) 比例原則違反について

原告は、本件処分は、被(ママ)告の関与態様に照らし重きに失すると主張するところ、原告の処分歴の有無やその勤務成績等は必ずしも明らかとはいえないが、仮にこれら原告主張の事情が認められたとしても、原告の本件営業への関与態様及びこれに対する評価は右認定のとおりであり、加えて、関与発覚後も本件営業の継続意思を有していたと認められることからすると、その社会的非難に対する自覚不足は甚だしいというほかなく、これらを前提とするときは、本件処分をもって重きに失するとは言い難く、被告の裁量を逸脱しているとは認められない。

この点についての原告の右主張は、前提とする本件営業への原告の関与態様やこれに対する評価を異にしており、採用できない。

三(ママ) 公平原則違反について

原告は、原告以外にも兼業者がいる等として、処分の不公平を主張しており、(証拠略)によれば、原告が、公平委員会の第三回及び第四回公開口頭審理において、右例示する職員の副業従事を現認するなどしたと供述していたことが認められるが、同時に、原告は、その氏名を明らかにはせず、対価の授受を確認したものではないなどとも述べているのであって、原告の右供述のみから原告が例示する兼業の事実を認めるには足りないというべきであり、他に原告主張事実を認めるに足る証拠はない(仮に、原告が例示する兼業事実が認められたとしても、そのことによって、原告の行為が正当化されるものではないし、社会的な非難の大きさは格段に異なるというべきであって、本件処分が直ちに違法となるものではない)。

よって、公平原則違反をいう原告の主張も採用できない。

四(ママ) 懲戒権濫用について

原告は、本件処分が上司批判に対する報復措置であると主張し、(証拠略)によれば、原告が公平委員会の第五回公開口頭審理において右主張に沿う供述をしていたことが認められるほか、本人尋問においても同旨を供述している。

これら原告主張事実のうち、前記のとおり、原告方が火災になったこと、原告から加藤に対して、出火原因確定前にメーカーに火災原因を話すのはおかしいとの申入れがあったこと、原告は本件発覚後中消防署へ勤務場所変更となったがその当時同署長は永島であったことは当事者間に争いがなく、また、右争いのない事実からして、火災原因確定前にその原因に関する消防署側の何らかの見解がメーカーに伝えられたことも推認できる。

しかしながら、メーカーに火災原因を漏らしたのが永島であるという点は伝聞であり、本件処分に関して永島が原告を免職にする旨息巻いているという点についても職場内の噂または伝聞に過ぎないというのであるから、原告の右伝聞供述のみからこれらの事実を認めることはできないし、自殺者が出たことに関して原告が批判的な発言をしたという相手は永島本人ではなく、右発言が永島に伝えられたかは不明である。

さらに、なにより、本件処分の権限は被告が有していたのであって、永島が本件処分の帰趨に関与したと認めるに足る証拠は何ら存しない。

以上によれば、右争いのない事実と推認できる事実を総合しても、本件処分が原告に対する報復措置であると推認するには到底足りず、本件処分が懲戒権の濫用であるという原告の主張もまた採用できない。

五(ママ) よって、本件請求は理由がない。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 森鍵一)

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